それってホント?妊娠・育児の“常識”を再検証!
妊娠12週までの流産は運命 安静も薬も効かない!
妊娠12週までの流産を防ぐためにできることは、何も無い…張り止め薬や止血剤はもちろん、安静でさえも、無意味だった!? 日本医科大学多摩永山センター・中井章人先生に聞きました!
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妊娠12週未満の安静に意味はなかった!
張り止め薬は効果なし!止血剤にはデメリットも…
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少量の出血や軽い痛みなら、緊急の受診は不要
妊娠12週頃までは“結果待ち”と心得て
妊娠12週未満の安静に意味はなかった!
待望の妊娠が判明して喜びにひたったのもつかの間、急な出血、お腹の痛み……。もしかして、流産しそうなの? 心配になって病院にいくと、薬を処方されて「とにかく安静に」の宣告――。妊娠初期によくあるケースです。
ところが、「妊娠12週未満の場合、流産を防ぐための手立てはない。安静も薬も効果はない」と、中井章人先生は言います。
「この時期の流産のうち2/3は、胎児の染色体異常が原因です。残りの1/3の流産も、受精卵が分裂していく過程で致命的なエラーが発生したためだと考えられています。これは受精卵の段階でほぼ運命づけられているものなので、外界からの刺激(激しい運動や打撲、薬剤、放射線など)によっておこるものではありません」
妊娠初期に運動や仕事を制限したグループと、いつも通りに過ごしたグループを比較した研究では、流産率に差はなかったそうです。絨毛膜下血腫や母体の合併症、感染症、不育症などの特殊なケースを除いて、妊娠12週未満に多少の出血があったり、切迫流産と診断されても、いつも通りの日常を送って構わない、というのです。
妊娠がわかったら、「お大事に」「無理しないで」。まして、切迫流産と診断されたら当然「赤ちゃんのために安静に」「仕事は休んで横になって」がこれまでの常識。そのことに医学的な根拠が無かったなんて!!
「とはいえ、“無理をおして、いつも通りに過ごせ”という意味ではありません。つわりの時期ですし、体調がすぐれない人もいるでしょう。自分の体の声に耳を傾けて、体がだるい、つらいと思ったときは、どうぞ静かにすごしてください。ただ、そのことで流産のリスクが少なくなるというデータはない、ということなのです」
いつも通りでいいのなら、ハードな仕事も、ランニングや山登り、プールも問題ない?
「普段からそういう生活や運動をしている人であれば、妊娠12週頃までは続けてもかまいません。ただし、妊娠12週を過ぎたらまったく話は別。無理はせず、いつもの6~7割ほどにペースダウンした生活が理想です。この時期になると、流産・早産を防ぐための治療法がありますし、安静がなにより効果を発揮します。少量でも出血がみられたら、すぐに受診してください」
アルコールやタバコはどうでしょうか?
「これは、12週以前でも以降でも、胎児に影響を与えます。ですから、妊娠に気がついた時点でやめるようにしてください」
張り止め薬は効果なし!止血剤にはデメリットも…
12週未満の流産を防ぐ方法はなにも無いなんて――。なんだかとてもショックですが、でも、実際は、出血やお腹の張りで病院に行くと、薬が出されます。多少は効果があるのでは……?
「処方されているのは、子宮収縮抑制剤(張り止め薬)や黄体ホルモン、hCG(ホルモン剤)、止血剤などだと思いますが、これらで12週未満の流産が防げるというデータはありません。このことは日本産科婦人科学会の『産婦人科診療ガイドライン』にも明記されています」
薬には必ず、メリット(効果)とデメリット(副作用)があります。メリットがデメリットを上回るから薬を使用する、というのが医療の大原則。効果のない薬を処方すれば、副作用のデメリットだけが残ってしまう、というわけです。
「これらの薬の中で、とくにデメリットが明らかなのが、止血剤です。妊娠中は、お産の出血に備えるために血液を固める力(凝固能・ぎょうこのう)が高くなっています。だから、血栓ができやすいのです。止血剤は、凝固能を高める薬ですから、さらに血栓塞栓症(けっせんそくせんしょう)、俗にいうエコノミークラス症候群のリスクが高まってしまいます」
12週までの切迫流産は治療しない、できないのが、世界の共通認識。日本は世界のスタンダードからはずれているというのです。早期の切迫流産に有効な薬は無いのだという事実を産科医はしっかり伝えるべきだ、と中井先生は指摘します。
しかし、医師だけの問題ではないかもしれません。インターネットを検索してみると、「流産しそうになっているのに何も治療してくれないなんて、ひどい医者だ」と憤る書き込みがたくさんあります。何も知らずにそれらを読むと「なんて不親切な!そんな病院には行きたくない」と感じてしまいます。むしろ、その逆なのに……!
「12週未満の流産は予防できない」ということがもっと広く知られるようになれば、こういった状況も変わっていくかもしれません。
注:絨毛膜下血腫や母体の合併症、感染症、不育症などは、12週未満でも治療や安静が必要な場合があるので、かかりつけの主治医の指示に従ってください。また、12週以降の切迫流産は治療法があるので、すみやかに受診しましょう。
2013年9月2日更新
中井章人(なかい・あきひと)先生
日本医科大学教授/日本産科産婦人科学会専門医/日本医科大学多摩永山病院 副院長および女性診療科・産科部長
日本医科大学大学院卒業後、スウェーデン王立ルンド大学への留学を経て、現職。
大学病院と地域の診療所が密に連係する「産科セミ・オープンシステム」をいちはやく導入。産科医の育成や就労環境の改善にあたるなど、周産期医療体制の整備に力を入れている。著書に、『新産婦人科学』(日本医事新報社)、『周産期看護マニュアル』(東京医学社)など。
冷静でスマートな物腰の裏に秘められた、熱いハートが魅力!頼りがいのあるドクター。